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【高評価】美優14歳。「幕間」…激しいエッチの合間に少し枕会話。【中学編】(1/4ページ目)
投稿:2023-02-04 12:49:52
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【美優&優奈スピンオフ】美優12歳、幼き恋心〜愛するお方に抱かれる時…。ヒロさん非公認作品“思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを”(あの人のことを思いながら眠ったから夢に出てきたのだろうか。夢と知っていたなら目を覚まさなかったのに)…
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【美優&優奈スピンオフ】美優14歳。「幕間」…激しいエッチの合間に少し枕会話。【中学編】ヒロさん公認作品
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映画を観ながら深夜にせっせと描いています。
えっ?映画は何かって?
「愛と青春の旅立ち」
ご存知ですやろか?古い映画やけど有名らしいどすよ。常連はんが、おすすめしてくれはったんどす。
リチャードなんちゃらって方が出てはるわぁ。
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………………
初のバレンタイン。
イチャイチャ
イチャイチャ
イチャイチャ
「お兄はん、まだウチを食べたいん?」
「Eat…Meか?」
「えへ、ウチは甘かった?」
「そうやなぁ、しょっぱいちゅーか、ションベン臭かったなぁ。」
「あーーー!言うたねぇ。」
「何や、チョコ味っちゅーのが正解なんか?」
「もー、舐めさせへん!」
「おー、ええでぇ。沢山、舐める相手おるさかい!」
「もうもうもう!」
「うぎゃっ!」
オチンチンを強く握ったったわぁ。
たまにはええどすやろ?
こんな感じで、イチャイチャバレンタイン。
「美優って、ホンマに誰にも上げたことないんか?」
「チョコ上げた人どすか?」
「おう。ってそもそも初恋ってどんな奴や?」
ウチは即答で、
「お兄はん。」
「んーーー。まぁ、それは、それで嬉しいけど。なんか子どもの頃にちょっと気になる男の子ぐらいいたやろう?」
「そうどすなぁ〜」
「じゃあ、ちょっとだけ、ウチの昔話を聞いて下さい。」
「昔って、まだ、そんなに経ってへんやろ?笑笑」
「茶化さんといてぇ!」
「はい、しいーまへん。」
「では。」
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【幕間】
せっかくなんで、そろそろウチの生い立ちなんぞ語りましょう。
ご存知の通り、ウチは妾の子としてこの世に生を受けました。
ウチの母は京都の舞鶴という、日本海側の田舎の出身です。幼い頃に父を亡くし、女手ひとつで育ててもろうたみたいです。
母は大学生になり、この京都市で一人暮らしを始めたそうです。
府外の方は分からへんと思いますけど、舞鶴市から京都市まではとても通学できる距離じゃありまへん。
大学は、一応、京都では有名な京都女子大学。
今でこそ男性にダラシないイメージの母ですが、昔は結構賢かったみたいどす。
確か、純子先生も京都女子だったんとちゃいましたか?
つまり、母は純子先生の先輩に当たります。
苦学生やった母は、大学に通いながら、祇園の会員制クラブのホステスのバイトをしていたそうです。
そして、そこのクラブの常連さん…………遠坂慎之助。つまりウチの父と出逢うことになります。
いつもビシッとブランドスーツを見に纏っている父は母から見ればかなり大人に見えたと思います。
田舎育ちの母は、まだ殆ど男性経験も少なかったみたいです。
でも、娘のウチが言うのも何どすけど、かなり綺麗な部類に入るんとちゃいまかねぇ。
胸もおっきいし、男好きするような雰囲気を持っているのがウチのお母さん。
若い頃の写真もかなり可愛かった。
そんな母に父は目を付けはったんどす。
いつも小綺麗にし、金回りが良く、いつも指名してくれる父と恋仲になるのに時間は掛からなかったみたいです。
今では考えられへんけど、付き合っている時はかなり女子大生の母に今と違うて尽くしてくれたみたい。
俗にいう、「釣った魚にはなんとやら」が遠坂慎之助ことウチの実父。
しかし、その時は既に父は妻子ある身。
母はそんな事なんて露も知らず、身体を重ねることに関係になりました。
女遊びが酷かった父は、他にも同じお店の女子大生の子にも手を出していたみたいです。
しかし、馬鹿な母は、父に言われるがまま、身体を許し、挙句の果てにややを身籠ることになりました。
そう、それのややが、ウチ。美優どす。
19歳で妊娠し、当然、父に結婚をせがんだみたいどす。
しかし父の口からは初めて事実を告げられる。
「あ、俺、妻も子どもも、おんねん。」
「えっ?」
母は愕然としたようです。
父は大学生の母に現在独身で、それも29歳と年齢まで詐称していたみたいどす。もう既に父は35歳。確かに若くは見えるけど…。お母はん、男の見る目無さ過ぎ。
ホンマ、お兄はんとは正反対。
責任取る気がないなら、避妊ぐらいしろっ!ってホンマに思いました。
それもええ歳のオッサンが。
お兄はんの爪の垢でも煎じて飲みなはれ。
そういう父やから、当然のセリフを言う。
「金は出すし、堕ろせよ。」
たったこの一言で、終わりにしようとした父。
酷い人。
馬鹿な母は身体だけ弄ばれるだけ、弄ばれて捨てられてしまった。
失意のどん底の母は大学を中退し、ウチを身籠ったまま、舞鶴に戻りました。
祖母からは堕胎を勧められたみたいですが、
母は未婚でウチを産む決心をしてくれました。
もし、父の言うことを訊いていれば、ウチはこの世に生を受けることは無かったでしょう。
そして最愛のお兄はんと出逢うことも無かった。
ウチは舞鶴で生を受け、小泉美優として、ここで幼少期を過ごすことになります。
ウチは舞鶴で優しい祖母と近所の人達に囲まれて育ちました。
名前も祖母が美しく、優しい女性に育って欲しいと言うことから「美優」と名付けられました。
つまり、美優って偽名でも何でもなく本名なんどす。
そこでよく遊んだのが、近所の勇くん。3つ年上やったと記憶しております。
ウチをよくザリガニ釣りや、虫取りに連れて行ってくれました。
今みたいな読者少女ではなく、毎日、真っ黒になるまでお外で遊ぶような元気な子やったそうです。
勇くんは歳の離れたお兄さんがいたので、ウチのことを妹みたいに可愛がってくれました。
お兄はんの言うような初恋ではなかったと思うけど、何かお兄ちゃんみたいな存在でした。
父は居なくても、別に寂しくなかった。
周りの方がみな優しかったから。
でも、4歳の時に大好きやった祖母が亡くなってしまいました。
あれだけ、ウチを可愛がってくれたのに…。
そして、勇まで、お父さんの転勤で高知へ行ってしまったんどす。
朧気な記憶ながら、とても辛かった想いが残っています。
そして、5歳になり、ウチにとって晴天の霹靂が起こります。
何と、ここまで放置していた父が今更、ウチを養女として遠坂家に欲しいと・・・。
そして、母にも京都へ出て来いと言うのです。
ここでアホなお母さんは、二つ返事で了承してしまいます。どうやら、まだ父のことが忘れられなかったみたいどす。
そして、ウチは遠坂家に入ることになりました。
ウチはこうして「遠坂美優」となりました。
ご存知の通り、遠坂家には息子しかおらず、芸妓出身のお婆はんは、ウチを舞妓として育てたかった。たったそんだけの理由。
本家ではお婆はんと二人暮らしと言いたい所どすが、二人のお手伝いはんがいはりました。
50過ぎの剛志さん、主に庭師や力仕事。
20代後半の佐代子さん、家事等。
このおふたりが居てくれたおかげ、何とかやってこれました。
特に佐代子さんには幼稚園の送り迎えから、遊んでもろうたり、とてもよくしてもらいました。
本好きになったのも、佐代子さんがとても本が好きで、その影響を受けたと思います。
一方、お婆はんは作法にとても厳しく、かなり行儀をしつけられた。言葉遣い、歩き方、とくに三味線やお唄のお稽古は辛かった。
幼女のウチは、なんでこんなことしなならんのやろ?って思っていました。
お母はんは、京都市内のアパートで、父の愛人として暮らしてはりました。
夜の仕事をしていたと思います。
ウチが居なかったから、夜の仕事が出来たと思います。
お母さんは近くに住んでいたので、たまに帰ると父がいました。
週末の夜はいつもいはったけど、次の日の朝には帰りはった。
父が帰るとお母はんがいつも泣いていた。
子供心に何で一緒に住んでくれへんのか不思議どした。
父との思い出は一つだけ。それもショックな思い出。
幼稚園の時に勇気を出して
「お父はん」
って呼んだら、無視されてしまったこと。
父親の愛情は一切知らずに育ちました。
何か買って貰ったなんて記憶はありまへん。
それから、数年後、妹が出来ました。
それが、優奈。
母も懲りることもなく、父の言いなりみたいどした。
でも、ウチにとっては偶に実家に帰って優奈と遊ぶのがとても楽しかった。
とにかく可愛い妹でした。
あまり会えないのに、ウチのことをちゃんと姉として認識してくれていました。
ウチの事を
「ねぇね、ねぇね」
って言いながら、後を付いてくるのが、可愛くて可愛く仕方おまへんどしたわぁ。
本家では、偶にお兄さん達が遊びに来てくれた。
二人とも、優しかった。
特に、清春兄さんは溺愛してくれて、いつも一緒に遊んでくれた。
まさか、あの清春兄さんがウチにあんなことしはるんやなんて。。。
清春兄さんの異常な溺愛ぶりは、あのエピソード通りどす。
小学校へ上がると置屋に出入りするようになりました。
そこで、当時まだ舞妓やった豆菊姐さんと豆竹姐さんに出逢います。
豆雪姐さんや豆千代姐さんはまだこの頃はいまへん。
特に豆竹姐さんには色々、教えてもらいました。
殿方への対応や、もろもろ。
当時はよう分からんかったけど、男性を立てるということだけは何となく分かりました。
そして、おなごは可愛くあれと…。
多分、これがウチの根底にあるんやと思いますわ。
五年生の時に、「殿方の床に入ることがあれば、黙って相手に従うこと。」と言われたことがすごく印象深かった。
ただし、好きでもない人の床には入っては絶対ダメとも言われた。
その意味を直ぐに知ることになる。
豆竹姐さんは舞妓から芸妓になるのをやめはった。
つまり「袴替え」の儀式をしはりませんでした。
舞妓時代に出会った方の元へ嫁いだのです。
お別れは寂しかったけど、旅立つ豆竹姐さんは須藤遥香に戻り幸せそうな顔をして去って行きはった。
ウチに餞別の簪を渡して・・・。
しかし、6年生になる頃にはウチは完全にロボットのような生活になっていた。
朝起き、
学校へ、
平日は過酷な稽古、週末だけ置屋に行く、
家に帰ってもお婆はんから厳しい指導、
そして寝る。
このサイクルが続くだけ。
見てお分かりのように、子供なのに「遊び」がないんどす。
さすが、6年生にもなれば、今の生活の虚しさに精神が崩壊しそうになった。
夏休みに入るとこのサイクルが朝からになった。
まさに地獄。
8月のある日、湯豆腐屋の社長に豆菊姐さんとかき氷を食べに連れて行って貰った。
その時、真っ白な顔で、いや、もう顔色が悪いウチを見て、社長が驚きはった。
「美優ちゃん、その顔色は何や?夏の子どもの顔色ちゃうぞ!」
「ホンマやねぇ」
「どんな風な生活をしたら、そんな顔色になんねん?」
「はぁ…お稽古事が多くて・・・」
「美優ちゃん、ちゃんと外で遊んでんのか?」
この言葉に溜まっていたものが一気に噴き出して、号泣してしまいました。
今の生活を話して聞かせると、
「堪忍な、美優ちゃん、気付いてあげれへんで。」
「うんうん、よう分かった。お婆に話しをしたるわっ」
お婆というのは、ウチのお婆はんのこと。
社長はんは、それこそ、置屋のお母さんも含め、昔からの馴染みでもあり、御座敷で使ってくれる上得意様。
社長はんは、お婆はんと置屋のお母さんに、話しを付けてくれはったんどす。
なんと、今の生活から1年限定で解放して貰えることになった。
ただ解放するだけでは意味がない。
ちゃんと、今の本家から出て、自由にお母はんと優奈と三人暮らしをする。
ここまで、社長はんは話しを付けてくれた。
何が起こったのか分からなかった。
最後にお姐さん達から言われた一言。
「恋しておいで。」
「ウチ、恋なんて・・・」
「一層のこと、最後まで経験しておいで!」
なんて、背中も押されましたが、まさかねウチなんか好いてくれはる人なんておらんわ。
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